漫画『銀と金』結末考察:森田鉄雄はなぜ「金(カネ)」の戦いから降りたのか

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「銀と金」という漫画が好きで、最近読み返していました。
話は「銀二」というおじさんフィクサーと、主人公の若造「森田」が中心人物です。
森田が銀二を超えたい、つまり金を目指すので「銀と金」というタイトルです。

以下、漫画のネタバレを含みますので、ご注意ください。

[画商編]
30年画商として追い続けてたのは金だったのか、絵画だったのか問われる内容。
[誠京麻雀編]
森田は大金を得たいのではなく、蔵前を落とすことに執着。
[神威編]
森田は金持ちのお守りをするのがイヤになって引退。

羅列して気づいたのですが、
金を取り合うマネーゲーム漫画なのに、
一貫して主人公が金に抵抗してるんですよね。

銀次の最後のシーンは、「勝ち続ける、灰になるまで」とファンでは有名なセリフですが、潰れるまでマネーゲームに居座ることが描かれています。
森田の最後のシーンは、弱々しく、「さよなら銀さん」って、別れを憂う視点で描かれています。

以上は事実です。
以下は見解です。

どちらかと言えば森田の最後は資本市場からの弱々しい敗者として描かれているように感じられます。
しかし、倫理観を捨てずにマネーゲームから降りる行動こそが彼、つまり「金(キン)」とは考えられないだろうか。

森田は金(カネ)からは降りたけど、金(キン)になれたとしたら。

ここで気づいたのですが、
そもそもこのタイトルの金は、金(キン)と金(カネ)どちらも読み方があります。

金(カネ)を追い求める奴は、銀で止まってしまうと。
金(キン)を追い求める奴が、金(キン、カネ)を得ると。

ではこの金(キン)ってなんなのか?
おそらく、これは人それぞれだと自分は捉えています。
自分の中で最も大切にしていることが金(キン)なのであり、決して銀の下に置いてはいけない。

当時のバブル前後は、今より遥かに拝金主義な価値観が主流だったのではないかと思います。
その時代にこんな投げかけが描かれてるのは、非常に鋭い漫画だなと思います。

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