以前にも書いた気がしますが、とにかく高品質だけでは他と差別化されない時代に突入していると思います。
高品質はある意味当たり前となり、ありふれています。
AIがさらにトリガーとなり、専門でない人が従来の専門家のようなクオリティを自然に手にできる時代が来ると思います。
したがって専門家は高品質に加え、他に特別な何かが重要になってくると思います。
矛盾的ですが、専門家の方が質が低くても成り立ってしまうケースもあるかもしれません。
例えば最近思うのは、プロダクトを「どんな気持ちでそれを作っているか」が、
商品の選択における判断基準のひとつとして上がっていくのではないのかなと。
今パッと自分の視界に入るのはAppleのパソコンとノイマンのスピーカーです。
どちらも個人のクリエイターをエンパワーメントする事が目的のプロダクトです。
どちらも大変優れていますが、手放しで全部良いかといえばそうでもない側面もあります。
しかし、欠点で判断はしません。
何が言いたいのかって、共感する存在であれば、
多少の欠点があろうがそれを使う、という考え方が増えてくるんじゃないかなと。
つまり、簡単にいえばファンであり、
プロダクトを通して一緒に時間を共有する存在です。
完璧な存在自体はそもそもありませんが、少なくとも完璧だから選ばれるという時代ではないような気がしています。
今までは商品を、その人がどんな気持ちでそれを作っているのか、
なんでそれを作っているのか、理解する機会自体が少なかったと思います。
しかし、今は簡単にアクセス出来る時代になりまして、
買うものに共感できるかは、判断基準のひとつとして伸びてくるのではないかなと。
洋服から調味料に至るまで、あらゆるプロダクトで情熱を持って作ってる人がいます。
裏を返せば自分自身も音楽でそんな専門家のひとりになれればいいなと思うのでした。
