作っては消すこだわり:クオリティの定義を再解釈

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製作中、曲を作っては消してと、なんでこんなにこだわるんだろう?
ふと思ったりします。

そもそも、質にこだわれる機会を探すと、実は結構少ない。

受注だと、もちろん質にはこだわるのですが、
それ以上にちゃんと着地できることを目指したりします。

例えば、潤沢な予算でオーケストラレコーディングした曲が、その後に発生した修正で、最後は結局自分のパソコンで作った音が鳴ってたり。 ※
着地優先ですね。

でもコンシューマーの評判は、大体良い評判で終わります。
自分からしたら公開されたのはツギハギだらけなのに、クオリティってなんだろうなと考えてしまいます。

じゃあストックは自分が100%妥協してないかと言えば、そうでもありません。
マシンパワーや時間との兼ね合いで、ここは出来ないなとなってる部分は存在します。

結局どっちも妥協してる。
では、ストックでしかできない質の考え方は何があるんだろうか?

1番違うのは、こういう音楽を作りたいってゴールを固定しないで作れることかもしれません。
極端な話途中でどの方向いったっていいので、手探りで探していける。

受注だと、こういうのを作ってくれと、イメージ共有前提で作っていきます。
つまり、ある程度天井が共有されて、そこに向けて制作していく。
ストックは、ここをこうしたらどうなるんだろうと、形にないものをこねくり回しながら作ることができる。時間かかるけど。

形にないものをこねくり回して何かメリットはあるのか?
常に上へと引っ張られるので、結果的に天井が高い音楽を作れるかもしれない。

ストックの音楽は時間とマシンパワーが許す限り、上にいけるような音楽になればいいなと思います。

※ ここでの話は似たケースはありつつも架空でありイメージです。

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